現在の位置

常設展示紹介

台地と道

展示室全景

展示室全景

桶川市は、関東平野のほぼ中央に島にように浮かぶ大宮台地の北部に位置します。
この台地を生活の舞台として、桶川の祖先たちは長いときの流れの中で、その文化を築いてきました。
やがて、人々は台地に道を拓き、この道をとおしてさまざまな文化が桶川にもたらされ、人々は、それをより豊かなものへと育ててきたのです。

※企画展示開催中は、常設展示の内容が一部変わりますのでご了承ください。

1.台地とともに

ミミズク土偶(後谷遺跡出土品)

朱漆塗櫛(後谷遺跡出土品)

桶川に暮らした祖先の生活の跡は、私たちの踏みしめるこの台地に、遺跡として残されています。
桶川の台地が豊かな森におおわれていた縄文時代。縄文時代の人々は、この森の恵みを受け、約1万年にわたる時の流れの中で日本の文化の基礎をしっかりと築き上げました。この時代の生活を、高井遺跡の資料と後谷遺跡の資料(国指定重要文化財)をもとに展示しました。

2.拓かれる台地

玉類(熊野神社古墳出土品)

富寿神寶

富寿神寶(宮ノ脇遺跡出土品)

稲作の始まった弥生時代。やがて、稲作の村はたがいに結びつき、国の原型が形づくられていきました。この弥生時代から古墳時代の歴史を、熊野神社古墳出土品(国指定重要文化財 複製)を中心として展示しました。
律令国家の成立した奈良・平安時代。製鉄を行っていた宮ノ脇遺跡に、当時の人々の暮らしを見ることができます。以降、鎌倉時代から室町時代を経て、現在に続く桶川の姿がしだいに形づくられていきました。

3.街道と台地のくらし

桶川淑商家店先絵馬

桶川宿商家店先絵馬

桶川宿古絵図

桶川宿古絵図(拡大)

江戸時代、桶川は中山道の宿場町として、今に続く発展の基礎がすえられました。桶川宿は、参勤交代の大名の通行や諸国の商人でにぎわい、桶川臙脂と呼ばれた紅花は特産物として名高いものでした。
一方、江戸時代の桶川の村々は、主に幕府の領地である天領や、旗本の領地として支配されていました。また、この時代の農村ではぐくまれた文化の伝統は、現代の私たちにも引き継がれています。

村のなりわい(民俗展示)

田舟

田舟

スカリ

スカリ

桶川の暮らしを支えた農業は、台地の畑作を中心にいとなまれていました。畑では、麦を主として、これにサツマイモと陸稲(おかぼ)を組み合わせ、その産物は質の良いことで知られていました。
先人たちは、荒川沿いの土を畑に積む「ドロツケ」によって豊かな実りを得ていました。
 

この記事に関するお問い合わせ先

歴史民俗資料館
住所:桶川市川田谷4405-4
電話:048-786-4030
ファックス:048-786-4031
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更新日:2020年07月05日