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我が国初の女性農学博士 辻村みちよ

米国視察から帰朝の日に

(米国視察から帰朝の日に )

茶はきわめて淡々たる存在である。しかし、私たちの生活から茶を取り去ってみたらどんなものであろうか。茶がどれほどか私たちの生活を豊かにし、生活ときり離し得ぬものであるかを改めて知ることができるであろう。(著書「茶の話」から)

みちよ誕生

女学校時代

辻村みちよは、明治21年に足立郡桶川宿(現桶川市)で生まれ、桶川尋常高等小学校(旧桶川南小学校)を卒業しました。みちよは、独学で小学校准訓導の資格を取得し、16歳で父が校長を勤める加納尋常高等小学校に勤務しました。その後、当時の女子教育最高峰の東京女子高等師範学校(現お茶の水女子大学)を卒業し、7年余り師範学校等の教師を勤めました。

学者への道

学者の道

この頃、女性も社会進出し、みちよの恩師保井コノや黒田チカらは研究者として、男性に負けない活躍を始めていました。みちよは、研究者への思いを捨てきれず、人がうらやむ師範学校の教師を辞め、当時、大学は女性に入学を許可しない時代だったので、北海道帝国大学の農芸化学科食品研究室の無給副手(助手)として研究に携わりました。こうして32歳のみちよは、北海道へと旅立ったのです。

カテキンの発見

カテキンの発見

(研究室で)

その後、東京帝国大学医化学教室を経て、理化学研究所で鈴木梅太郎博士に師事し、大正13年に、緑茶に多量のビタミンCが含まれることを発表しました。また、昭和4年には、緑茶中のティカテキンを世界で初めて発見しました。

日本初の女性農学博士

女性農学博士

(日本初の女性農学博士となる)

そして、カテキンの発見や渋みの主成分タンニンの分子構造の決定等、画期的な業績をあげました。昭和7年6月、東京帝国大学から学位論文「緑茶の化学成分について」で農学博士の学位を受け、44歳で日本初の女性農学博士になりました。女性であるがゆえの困難の末につかんだ博士号です。

教授時代と晩年

教授と晩年

(教え子と 前列中央がみちよ)

みちよは、お茶の水女子大学教授時代、家政学部創設に伴い、学部長に就任しました。その後も大学施設運営視察団団長として渡米するなど、多忙の中でも緑茶の研究を続け、お茶の水女子大学を退官後、実践女子大学へ移り、昭和31年には日本農学会から日本農学賞を受賞しました。「お茶博士」みちよは、自らの努力で道を開き、多数の後輩を育てつつ研究一筋に歩み、昭和44年6月1日、81年の生涯を閉じました。

式紙塚顕彰碑

みちよ没後12年を経て、豊橋市船町地内に、お茶の水女子大学卒業生有志、実践女子大学卒論生徒会一同並に姪中野韶子により、色紙「滋味」によせて顕彰碑を建立しました。現在、顕彰碑は生誕の地、桶川市内のポケットパークに移設され、桶川市民だけでなく中山道を道往く人々に、お茶博士「辻村みちよ」の功績を今に伝えています。

顕彰碑

(式紙塚顕彰碑)

紹介札

(顕彰碑脇の解説札)

アクセス

JR桶川駅東口から中山道を北本方面に歩いて約8分(約800m)中山道商店会駐車場内 中山道宿場館すぐ

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更新日:2017年03月21日