桶川市の概要と市役所の仕事

おけがわってどんなところ?

桶川宿 江戸時代の桶川宿(模型写真) 桶川駅西口 桶川駅西口

桶川市は、埼玉県(さいたまけん)のほぼ中央(ちゅうおう)に位置(いち)する人口約(やく)75,000人、面せき25.26平方キロメートル、のまちです。 市の東西を元荒川と荒川にはさまれ、東は久喜(くき)市と蓮田(はすだ)市、西は川島(かわじま)町、南は上尾(あげお)市、伊奈(いな)町、北は鴻巣(こうのす)市、北本(きたもと)市と、接(せっ)しています。

江戸時代に中山道(なかせんどう)の宿場(しゅくば)町として栄(さか)えた桶川は、戦後、ベットタウンとして人口が増加(ぞうか)しました。

そして今、首都圏中央自動車道(しゅとけんちゅうおうじどうしゃどう)の開通(かいつう)をひかえ、今後の発展(はってん)が期待(きたい)されています。

・市内を流れる川
荒川(あらかわ)、江川(えがわ)、鴨川(かもがわ)、芝川(しばかわ)、元荒川(もとあらかわ)、赤堀川(あかほりがわ)、高野戸川(たかやどがわ)、綾瀬川(あやせがわ)

どうして桶川って名前がついたの?

名前の由来(ゆらい)はいくつかありますが、「沖側(おきがわ)」説で、「沖(おき)」を「広々とした田畑」の意とし、 その方向を意味する「沖側(おきがわ)」がなまって【おけがわ】になったのが有力な説とされています。 ほかには、湿地(しっち)が多く、芝川や鴨川の水源(すいげん)があることから、「川が起(お)こる」意で「起き川(おきがわ)」とする説などがあります。

桶川はどうして「べに花」なの?

桶川市内のべに花

江戸時代の後期(こうき)、この桶川周辺では、最上(もがみ)紅花に次いで全国第2位の生産量を誇(ほこ)っていた。

山形の最上地方に比べて温暖(おんだん)な桶川では、一月(ひとつき)くらい早く収穫(しゅうかく)できたので、紅花商人たちから「桶川臙脂(えんじ)」と呼ばれ、早場ものとして高値で取引されました。

平成6年から桶川市では、発展(はってん)をもたらしたべに花を蘇(よみがえ)らせる「べに花の郷(さと)づくり事業」をおこなっています。

桶川に日本一ってあるの?

稲荷神社の力石

中山道の近くにある「稲荷(いなり)神社」には、長さ1.25m、幅(はば)0.76m、重さ610Kgの「大磐石(だいばんじゃく)」と刻まれた大きな石があって、日本一重い力石です。 江戸一番の力持ちと評判(ひょうばん)だった力士(りきし)「三ノ宮卯之助(さんのみやうのすけ)」がこれを持ち上げたと伝えられています。

桶川市役所のしごとは?

秘書室(ひしょしつ)

市長や副市長のスケジュールの管理(かんり)をする、広報紙(こうほうし)をつくるなどの仕事をしています。

企画財政部(きかくざいせいぶ)

市の総合的な計画を作る、市の予算(お金の使い方)を決める、人権(じんけん)問題を解決していくなどの仕事をしています。

総務部(そうむぶ)

職員の人事(じんじ)、文書や財産の管理(かんり)、入札(にゅうさつ)など仕事の発注(はっちゅう)の契約(けいやく)をする、税金を集める仕事などをしています。

健康福祉部(けんこうふくしぶ)

子どもからお年寄(としよ)り、からだの不自由(ふじゆう)なひとなどの福祉や健康(けんこう)に関(かん)する仕事をしています。

市民生活部(しみんせいかつぶ)

市民の生活に深くかかわる戸籍(こせき)やゴミの収集(しゅうしゅう)、町内会、文化の振興(しんこう)や市民の安全(あんぜん)、産業(さんぎょう)や観光(かんこう)の振興、などに関する仕事をしています。

都市整備部(としせいびぶ)

まちづくりの計画(けいかく)、道路(どうろ)、公園(こうえん)、下水道の整備(せいび)や管理、区画整理(くかくせいり)などに関する仕事をしています。

教育委員会(きょういくいいんかい)

学校に関すること、公民館(こうみんかん)や図書館などの社会教育施設(しゃかいきょういくしせつ)、スポーツ施設(しせつ)の管理、運営(うんえい)などに関する仕事をしています。